【第7話】ハワイ出産費用は200万円超え?!二重国籍の我が子の教育事情

女神のおばちゃんとハワイと私

「女神のおばちゃんとハワイと私」【第6話】をお読み頂き、ありがとうございました。

本編に入る前に、ちょっとハワイのお話しを♪

ハワイに来たら『ビーチで日焼けしたいな〜♪』という方も多いと思いますが、ハワイの紫外線は日本に比べて3倍以上強いそうです。

特にどうしても肌の露出が多いビーチでは、”2時間おきに日やけ止めを塗り直しましょう〜”と推奨されているのですが、

2時間以上ビーチにいることですっかり日焼け止めの効果が薄れてしまい、気付いた時には火傷状態になってしまっていた、、、(;´д`) なんてことが、本当に起こってしまうからなのです。

『肌が痛くて、夜眠れなかった〜(涙)』なんてことにならない為にも、ハワイでの紫外線対策はバッチリ行って下さいネ〜♪(日焼けの後は、ABCストアでも買えるアロエローションがオススメです〜 ^^)

それでは、前回までのあらすじです👇

【前回までのあらすじ】

憧れのハワイウェディング&国際結婚と、楽しいばかりの生活を夢見ていましたが、国際結婚の現実に、人間成長をせざるを得ないジェットコースターのような日々。

育った環境や、言葉がもたらす意味を考えながら、国際結婚・離婚について綴っています。

それでは、第7話をお楽しみください

(•ө•)♡

ハワイでの妊婦体験記

20歳の時に『ハワイに住みたい』という夢を抱いてしまった私は、その夢が叶うことをただ信じて毎日を過ごしていました。

そして、アメリカの永住権が当たるという『永住権抽選プログラム』に申し込みをし、4度目の挑戦にしてわずか1%の確率を引き当て、誰もが叶わないと思っていた夢を叶えてしまったのです。

さらに、憧れのハワイウェディングという新たな夢も叶えることができ、新婚生活に仕事と充実した日々を過ごす毎日でした。

ハワイの風がなんとも心地良く、このまま流れるように幸せな時間はずっと続いていくのかと思っていたそんなある日のことです。

それまでには経験したことのないような違和感を身体に感じ、

『もしかして、、、?!!』

と、そんな予感は見事に的中し、妊娠していることが判明したのです。

もちろん主人も私も喜びでいっぱいではあったのですが、

(あっ、、、

私、そういえば、

絶賛、海外生活中、、、(;´д`))

と、ようやく手に入れた憧れの海外生活に、不安や心配などは皆無に等しいほど感じていなかったものの、妊娠という現実に突然我に返り、頼れる家族は誰もいない海外で主人と2人だけの子育てが始まるという事実にようやく気付いた状態でした ^^;

今思うと、幸いなことにハワイの友人の1人がこの時妊婦さんだったので、その友人が私の精神安定剤になっていたのだと思います。

日本語を話せる産婦人科医さんがいることも知っていたので、慌てふためくことはなかったのですが、日本語が話せるとはいえ、先生は日系人の先生で診察はアメリカンスタイル。

(産婦人科医さんは日系人の先生でしたが、内科や歯科、小児科は日本人の先生がいらっしゃるので、いざという時に日本語でお話しできるのは本当に心強いです ^^)

それはどういうことかというと、検診の最大の楽しみであるはずの赤ちゃんのエコー写真を撮ってもらえるのは最初の2回のみで、その後の検診では赤ちゃんの心音を聞くだけという、なんともあっさりしたスタイルなのです、、、(^◇^;)

(日本の妊婦さんは、検診に行く度にエコーを撮ってもらえると聞きました ^^)

妊娠16週目に4Dの画像を撮り、赤ちゃんの性別はこの時に判明したのですが、この時が出産前に撮った最後のエコー写真でした。

日本の産婦人科と比べると、妊婦さんの体重増加について厳しく指導されることもないようで、ドキドキしながら迎える4週に1度の検診はいつもサクッと終わってしまい、毎回拍子抜けしてしまうほどでした(笑)

日本の友人が妊婦さんだった時には、

『体重が○キロ増えただけで

先生に怒られた〜』

なんて話しを聞いていたので、体重の増加について何も言わない先生に不安を覚える私でしたが、明るくチャーミングな産婦人科の先生に質問を投げ掛けても、

『大丈夫よぉ〜〜〜♡』

と、いつでもとびっきりの笑顔で交わされ、まるでエンジェルのような先生の笑顔を頼りにハワイ出産を乗り切る決意をしたのです(笑)。

帝王切開で出産から退院まで○日!海外出産事情

一年中半袖で過ごすことができるハワイではあるのですが、そんなハワイも、実は雨季(11月〜3月)と乾季(4月〜10月)という季節に分かれており、この時は、常夏ハワイという言葉がぴったり当てはまるような、爽やかな乾季の季節を迎えていました。

(雨季といっても、5分ほどで止むような雨が降りやすいというだけで、一年中半袖&ビーチで泳ぐことができます ^^)

健康だけには自信があった私は、お腹だけは大きかったものの出産予定日の10日前まで仕事をこなし、普段と変わらない日常を過ごしていました。

詳しくしくは第8話で書き綴っているのですが、出産後はハワイの高額な保育園代も考慮して、仕事を一旦辞めることにしていたので、その分、ギリギリまで働きました、、、(^◇^;))

日本では里帰り出産をする方も多いのかもしれませんが、大きなお腹を抱えて私が飛行機に乗るわけにもいかず、、、距離にすると6,000キロ超えという大移動のもと母が駆けつけてくれ、出産ムードも一気に高まりました ^ ^

母のスーツケースの中は、赤ちゃんグッズと日本食で溢れかえっており、お祭りモード全開〜♪といった感じで私のテンションも上がると同時に、普段、離れて生活している分余計に、母のありがたみを感じずにはいられない時間を過ごすことができました。

新生児用の洋服も日本から持ってきてくれたのですが、アメリカのものはスポット頭から被せるタイプのものが多く、見るからに着せにくそうなものが多いのですが、その点、日本製って首元が大きく開くようになっていたりと、新生児にもママにも優しく作られていて重宝しました。

(ハワイにもユニクロがやってきたので、今では日本の新生児服なんかも買えちゃうようです♪)

その他には、肌触り抜群の肌着や体を洗う時に使う柔らかガーゼ、離乳食を作る際の便利グッズなどなど、、、。

海外に来てからというもの、日本の痒いところに手が届く的なサービスがやけに目立ってしまい、小さなことに感動できるようになりました (*≧∀≦*)
(ある意味幸せですよね〜 笑)

検診に行く予定だったその日の朝に僅かな陣痛を感じたので、念の為、入院できる準備をし、主人と母にも付き添ってもらって病院へと向かいました。

実は、母がハワイに滞在できる期間は決まっているにも関わらず、この時すでに出産予定日を7日ほど過ぎていたので、母がいてくれる間に早く出産しなきゃ、、、と、やや焦り気味だったのです(笑)

というわけで、テレビドラマのワンシーンかのように大騒ぎしながら病院へ、、、ということもなくやっと、きた〜っ(^^;;)と、3人揃って半ばホットしていた状態でした (^◇^;)

案の定、私はそのまま入院することとなり、検査や採血が終わると広い個室に移され、いつ本格的な陣痛が始まっても大丈夫なようにと準備も万端♪

(お産もこのお部屋で行います)

大きな窓から明るい光が入り、清潔で広々としたお部屋は、お産の不安をかき消してくれるかのようにリラックス効果抜群の空間でした。

お部屋の中には、付き添いの人が仮眠できるように、簡易ベッドになるタイプのソファーも置かれており、『僕も泊まれるね〜』なんて主人もこの時まではまだ楽しそうに話ていたのですが、、、まさか、長丁場なお産になるとは予想もしていませんでした、、、(;´д`)

アメリカでは産後の負担を軽減するため無痛分娩が主流ではあるのですが、できれば自然分娩したいと思い、先生の承諾も得て麻酔を打たずに痛みに耐えることにしたのです。
(日本で出産していたらきっと自然分娩していただろうと思うと、私も自然分娩で挑戦してみたいと思ったのです。この時は、アメリカでの辛い産後事情は何も考えていませんでした、、、 ^^;)

『いつでも麻酔を打てるから

打ちたくなったら言ってね〜♪』

と、エンジェル先生も私の意思を汲んで下さり、そう仰って頂いていたのですが、本格的な陣痛が始まると今までに経験したこともない腰まで響くようなお腹の痛みが、、、。
(出産直前になると麻酔が打てなくなってしまうので、麻酔を打つタイムリミットはあるそうです〜。)

普段、超健康体なあまり、滅多に引かない風邪を引いてしまうと少しの熱や頭痛などに大袈裟なまでに弱いことをうっかり忘れていた私は、

『先生〜〜〜、、、

わ、私、、、、、

もう、ダメです〜〜〜(涙)

と、逃げ道がなければ引き返すことができない道のりも、

”麻酔”

という逃げ道を知っていた私は、なさけないほどに、即ギブアップ。

(何か成し遂げたいことがある時は、あえて逃げ道を封じた方が良いという教訓になりました ^^;)

麻酔を打ってもらうとすぐに楽になり、あとは、我が子がお腹から出てくるのを待つのみではあったのですが、なかなか赤ちゃんが出てくる気配はなく、とうとうそのまま一夜が明けてしまったのです。

まだ薄暗い中にオレンジ色の優しい光が差し込み、病室の窓から見える朝焼けがとても綺麗な朝でした。

私の不安をかき消してくれるかのような穏やかな早朝の時間とは裏腹に、陣痛が始まってから24時間が経過しても赤ちゃんが出てくる気配はなく、急遽、その日の午後に帝王切開することとなってしまったのです。

そんな中、主人はというと、、、まともに食事ができていない私の横で、遠慮なくランチを食べる(しかも美味しそうに、、、)という、まるで妊婦を逆撫でするかのような私の殺気も気にすることなく、まさかのマイペース (^^;;。

苦しくも、そんな主人の超マイペースな姿に、私の帝王切開への不安はいつの間にかかき消されてしまっていたのでした、、、ww

(平常心で相手の気を紛らわすって、、、案外、高度な技を使っていたのかもしれないですね、、、(^◇^;))

そして、ようやく我が子と対面できるという喜びと緊張を胸に、病室と同じ階にある手術室へと運ばれました。

手術室には先生や看護師さんが10名ほど手慣れた感じで準備をしており、笑顔しか見たことがないほど優しいエンジェル先生も、この時ばかりは戦闘モードに突入〜といった真剣な眼差しで、先生の貫禄とオーラに緊張感が漂いました。

『お腹を押すからね』

と、エンジェル先生が言ったかと思うと、私が思っていた以上の圧力が溝落ちあたりに2回ほどかかり、予想以上の腹部の圧迫に驚く間もなく、元気な我が子の鳴き声が手術室に響き渡りました。

手術室に入ってからの時間は本当にあっという間の出来事でしたが、1日がかりの出産を無事に終えた私は、こうして我が子と無事に対面することができたのです。

夢ばかりを追いかけて生きていた私の、新たな夢を叶えさせてもらうことができた瞬間でした。

(手術室の中には私しか入ることはできなかったのですが、手術室の外では主人と母と2人感極まっていたようです。言葉の壁はあっても喜びは一つですね〜 ^^)

ですが、、、

そんな感動の我が子との対面も束の間、、、

信じられないかもしれませんが、アメリカでの出産は通常1日しか入院させてもらえず、病院とはあくまで

”出産をする場所”

という定義なのだそうです (;´д`)

日本の出産事情を友人から聞く度に、出産とは国によってこんなにも違うものかと日本の至れり尽くせりな待遇に憧れを抱かずにはいられないのでしたww

(日本では自然分娩で5日、帝王切開だと7日の入院でホテルのような対応をしてくれる産院もあると聞きました。)

緊急で帝王切開した私はというと、、、入院は延長されることとなったのですが、その日数は、驚くことに、なんと、、、

【1日延泊】

のみ(^◇^;)

(合計2泊の入院でした、、、(涙))

2日間の入院を終えようとしていた時点で、切り傷の痛みを我慢しながらゆっくりと歩ける程度だった私は、

(まさか、この状態で

家に帰されちゃうの??!(;´д`))

と、身体の回復具合からみても入院がもう1泊延長になるのではないかという期待を微かに抱いていたのですが、車椅子を用意され、有無を言わさず退院させられたのでした (^^;

そして、日本の手厚い妊婦さんケアとはなんと素晴らしいものだろうと、この差を肌身に感じながら、我が子と家路に着き、親子3人での新たな生活が始まったのです。

海外出産で気になるアメリカの保険事情

出産から3週間は母がいてくれたので助かりましたが、その間も、突然、歩けなくなるほどに足の付け根が痛み、整体師さんのところへ通うという波乱万丈なママ生活がスタートしました。

そして、、、

やっと少し落ちついたかな、、、と思っているところに病院からの請求書が届きます、、、(;´д`)

アメリカでは、日本のように入院費や治療費をその場でお支払いするのではなく、入院した本人でさえ入院したことをすっかり忘れてしまった2、3ヶ月後という絶妙なタイミングに病院の請求書が自宅に届くのですが、出産の際も同様、初めての育児に絶賛、奮闘中〜♪というタイミングでその請求書は届きました

アメリカの医療費は高額で、特に癌などになってしまうと高額な治療費を払うことができずに自己破産してしまう人も少なくないという話は、アメリカに住む人であれば多くの方が承知していることです。

というわけで、出産に限らず、忘れた頃に届く病院からの請求書はまさに恐怖の郵便です、、、^^;

道端で人が倒れていたので周囲の人が救急車を呼んだところ、倒れた本人が高額な救急車の代金を支払いたくないために、救急車に乗ることを拒否する、、、なんて、そんな話しもあるほどです (^◇^;))

日本のように出産育児一時金や出産手当金もなく、病院から届いた請求書は$2,500 ほど。

($1=100円の計算で、約25万円)

請求書には、健康保険が支払ってくれた金額も全て書いてあるのですが、日本円にして250万円ほどの金額だったと思います。

(※アメリカの健康保険は国で定めた一律の保険ではないため、保険でカバーされる割合は個人が持っている保険によって異なります。保険を持っていない人は、全額請求されることとなります。)

また、アメリカは育児休暇などが整っているようなイメージがありませんか?

私は、アメリカという国に勝手なイメージを抱いていたのですが、驚くことにそれは正反対だったのです。

2011年当時の私が調べたところ、出産後、12週間までは休職が許されるという規則はあったものの、それも会社の規模によるもので、さらには、経済面で支援してもらえるというものでもありませんでした。

そのため、出産から12週間以内に仕事復帰するか、退職するかという選択肢に迫られ、特に高額な0歳児の保育園事情(1カ月$1,200(約12万円)以上)を考慮し、私は一旦離職する道を選びました。

(AmazonやAppleのような大企業では、独自の育児休暇制度が設けられているようです。)

海外子育て事情・海外在住ママは日本語〇〇に必死!

海外での大変な出産事情さえ乗り越えてしまえば、大自然に恵まれたハワイでの子育てはとてもありがたく、近くの公園までお散歩しては、木陰で穏やかな時間を過ごすことができました。

そんなのんびりした日々も束の間、海外在住ママを次に待ち受けているのは、、、

”我が子に日本語を教えたい!”

という、日本では英語教育に熱が入る方ママも少なくないと思いますが、海外では、その反対の教育事情が待ち受けていたのです。

『海外に住んでいると

子どもは英語も日本語も覚えられて

いいよね〜』

と、よく日本に住んでいる家族や友人に言われることがあるのですが、実は、海外在住の日本人ママたちにとって我が子に日本語を習得させるということは海外生活で最大のミッションと言っても過言ではないほど、とても大変なことなのです。

それはなぜかと言うと、ママが日本人だからといって、子供が自然に日本語を習得できるわけではないからなのです。

日本人の多いハワイでは日本語教室や親子クラスと、様々な日本語クラスが開催されており、とにかくどうやって日本語に触れさせようかと私も必死で、家の中でもできるだけ日本語に触れられるようにと、我が家も『アンパンマン』のDVDには大変お世話になりました♪

(幼稚園児から中学生までの日本語補修校も土曜日に開校されています。)

たとえ、日本語で会話ができるようになったとしても、今度はひらがなを教えなければなりません。

バイリンガル子育てに直面して改めて日本語と向き合い、そして私が思い知らされたことは、、、

日本語って難しい

という一言でした(^◇^;)

それは、ひらがな、カタカナ、は、なんとか覚えたとしても未知数の漢字、さらには、音読み訓読みと、それはまさに出口のないトンネル状態だということを、普段何気に使いこなしている1人の日本人として、日本語の奥深さに全く気づいていなかったからなのです。

なんとか日本語が理解できても、我が子の師匠はあの『ルー大○』さん??!

『トゥギャザ〜、

ようぜぇ〜〜♪♪

なんて、英語と日本語が自由に入り混じった『ルー語』にさえ負けず劣らずな会話が、我が家では日常茶飯事に繰り広げられていますww

(これは私が、日本語教育を途中で挫折しまった結果です、、、(^◇^;))

バイリンガル教育で気をつけたいことは?!海外在住で感じた自分のアイデンティティー

バイリンガル教育に必死な海外子育て事情ではありますが、海外に住んでみて、バイリンガル教育について私なりに感じたことがあります。

それは、英語でも日本語でも、まずは、母国語を身につけなければ、子供のアイデンティティーがあやふやに成りかねないという点なのですが、それはどういうことかというと、、、

例えば、

中学生まで日本で過ごし、そして海外に留学してしまった場合、アメリカの生活に馴染むために英語中心の勉強が始まりますよね?

早く語学の勉強を始めた分だけネイティブに近い発音ができるようになるかもしれませんが、母国語の日本語が中学生で止まったままとなると、例え、英語が流暢に話せるようになっても、英語が母国語になるわけではなく、

『どちらの言葉も中途半端で、、、』

と、日本語にも英語にも100%自信がないという方の声を実際に聞き、母国語をしっかり身につけることの大切さを肌で感じたのです。

小さな頃から英語に触れることは母国語を妨げることにはなりませんし、とても良いことだと思いますが、留学という点で考えると(母国語もしっかり学んだ高校生以降が理想的かな?)と、いうのが私の個人的な感想です(^^)

実際に、アメリカで子育てする日本人ママさんでも、”子供に英語を母国語として認識させるように、あえて日本語を教えなかった”という方にもお会いし、バイリンガル教育にも様々な考え方があることを知り、私自身考えさせられました。

とはいえ、私が留学したのは26歳の時だったのですが、10代で留学していた学生たちの英語は羨ましいほどに発音が綺麗で、もちろん、やる気がなければ何も習得することはできないのですが、発音とリスニングに苦労した私としては、10代と20代の間にはばかる見えない壁を感じずにはいられませんでした、、、。

 


 

今、あなたは人生を振り返ってみて、

『こんなことしてみたかったな〜』

とか

『今からこんなことしたいな〜』

ということが何か、頭に思い浮かびますか?

実は、私が通ったコミュニティカレッジでは、高校を卒業したばかりの若者が多かったのですが、クラスメイトの中には、夜は、寿司職人としてお仕事をされている50代の日本人男性や、60代後半の日本人女性もいました。

『人間、一通り、

いろんなことを経験したら、

また勉強したくなるんだよ〜』

と、寿司職人のMさんがさりげなくお話ししてくれたその言葉の意味を、その時には深く理解することができなかったのですが、私も、結婚、出産、子育て、と様々な経験を経て、歳を重ねていく中で、

『人生に挑戦し続けられるって

素敵なことなんだな〜』

と、あの時Mさんが話してくれた言葉をふと思い出しました。

例え、昨日まで平穏無事な日々を過ごすことができていたとしても、世界中の誰もが予測だにしなかった新型コロナ問題や自然災害など、人生が続く以上、私たちの挑戦はこれからも永遠に続いていくのだと思います。

出産を通して、生命の尊さを学び、そして自分に与えられた限られた時間の中で、悩み、考え、時には苦しみつつも、常に私たちに求められる”人生の選択”が誇れるものであるように、これからの人生も挑戦し続けたいと思います。

(つづく)

次回のお話♪

次回は、海外でも大変な仕事と子育の両立。学校への送迎はもちろん、習い事まで送迎は全ベて保護者の役目。さらには、子どもの急な発熱や、学校の休校、はたまた、2ヶ月もある長い夏休みと、子育てと仕事の両立は、世界共通?!尽きないママの悩み(ーー;) そんな海外での子育て奮闘記を綴っていきます♪

【第6話】前へ目次次へ【第8話】

インターネットビジネスマーケティング

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