【第4話】社会人で始めたハワイ留学!〜誘惑がいっぱいって本当??!〜

【連載】女神のおばちゃんとハワイと私
ノンフィクション・連載ストーリー
女神のおばちゃんとハワイと私
〜人生の青写真〜
【第4話】
ハワイ留学は2年制の大学がおすすめ?!  
〜〇〇人が多いハワイ留学は誘惑がいっぱい〜
本ストーリーは、
【夢を叶える仕組み】
を知ったことで
人生が好転した
私の体験談が
あなたの夢を叶える
きっかけになるといいな
そんな願いを込めて
連載形式でお届けしています♪♪

それでは本編に入る前に、今回は、ハワイの季節(雨季)のお話しを〜♪

前回は乾季についてお話ししたので、今回は雨季について ^^

雨季(11月〜3月)といっても、日本の梅雨のように雨が降り続くわけではなく、5分ほどですぐに止んでしまう、”シャワー”と呼ばれる雨が降りやすい季節。(日中の最高気温は28度ほどですが、朝夕は日本の秋のようです。)

雨季には、青空にかかるや、ノースショアのビッグウェーブを見る事ができるのも雨季限定です。(サーフィンの大会が行われ、世界中から有名なサーファーが集まります。)

また、ザトウクジラがハワイにやってくるシーズン(12月後半〜3月)でもあり、ホエールウォッチングもオススメです♪

季節限定のアクティビティを楽しむのもイイですよね〜!

当時まだ20歳だった私が
あることをきっかけに
初めて訪れたハワイで

女神のおばちゃんから
『人生変えられるわよ』
という言葉を受け取ったことを皮切りに

10年越しで
【ハワイ移住の夢】
を叶えることができました。

これで人生ハッピー♪

そう信じていた浅はかな私が
失敗学び・そして出逢いに翻弄され、
遠回りしながらも歩み続けた先は、

まるで
”人生の青写真”
にあらかじめ描かれていた

『1本の道』
へと導かれている
かのようだったのです。

その背景にあった出来事を
引き寄せの法則
ハワイの生活事情と合わせて
お届けしています♪♪
それでは、
【第4話】をお楽しみください♪

ハワイ移住を目指す社会人1年生がゼロから始めた英語学習


前回の第3話では、私が夢を叶えた体験談を引き寄せの法則と合わせてご紹介させていただきましたが夢を叶えるには

”夢の叶え方”

を知ること
大切、、、ということがなんとなくご理解いただけた、という方も少なくないのではないでしょうか?

今回の第4話は、一旦、第2話の最後に戻ってしまうのですが、初めて訪れたハワイで偶然出会った女神のおばちゃんの

『人生変えられるわよ』

という人生感がずっしり詰まったその一言に後押しされ、帰路の飛行機の中で『ハワイ移住』を神様に誓った私が、まるで金メダルを掲げたオリンピック選手のようにやり遂げた感満載で帰国し、その勢いにまかせて翌日から始動させた、名付けて

『ハワイ移住プロジェクト』
↓↓
からスタートします (*^^*)
(まだ何もやり遂げていないのに、気持ちだけはBIGでした〜 ^^)

初めて訪れたハワイで偶然出会った女神のおばちゃんの『人生変えられるわよ』という、人生観がずっしり詰まったその一言に後押しされ、帰路の飛行機の中で『ハワイ移住』を神様に誓った私は、その翌日から早速『ハワイ移住プロジェクト』を始動しました。

それから6年半続いたそのプロジェクトは、留学、そして、アメリカ永住権抽選プログラムに4度目にして当選という形で約10年後に無事完結したのです。

ふと振り返って気づいたことは、夢を叶えるために無意識で行っていたことは『引き寄せの法則』そのものであったということでした。

その後、人生のパートナーと巡り合った私は、憧れのハワイウェディング・妊娠・出産と、想像していた未来が次々と現実となっていったのです。

が、しかし、、、

現実はそんなに甘くない、、、 (;´д`)

ということで、、、

ここから、理想現実のギャップに悩まされる日々が始まったのです、、、^^;

ですが、ピンチはチャンス!

ハワイ移住の夢を叶えたからこそ辿り着くことができた新たな夢を、引き寄せの法則によって実現していく最終章です♪

『ハワイ移住プロジェクト』とは名ばかりで、特段何をしようと決めていた訳ではないのですが、帰国した後の最大のお楽しみである”お土産開き”も後回しに”善は急げ”状態。

思い立ったら何か始めないと気が済まない性格の私が、上半身を押し入れに突っ込み探し始めたものとは・・・。

それは、ように5年は過ぎていた中学時代の古びた教科書だったのです。

”断捨離”なんて言葉とは無縁だった当時、私の押入れの中はドラえもんのポケット状態でした(笑)

(大人になってから見るドラえもんって、どうしてあんなに心に響いちゃうんでしょうねぇ〜 (*^^*) )

『This is a pen!』

から始まる懐かしい教科書を開いた途端、走馬灯のように中学時代の青春が蘇り、

(もっと勉強しておけば良かった、、、)

なんてありきたりな後悔と共に

『英語を話せるように

 なりたい!』

そう夢に向かって自らの意思で開いた教科書。

驚くことに、

”思考変化”

は、古びた教科書を金銀の詰まった”宝箱”へと変えてしまう、不思議な魔力を持っていたのです。

(学びたいという”意欲”が、大切だということですね ^^;)

人生を180度方向転換させることとなったあのハワイ旅行から2ヶ月後、晴れて社会人となった私は慣れない仕事に奮闘しつつも、通勤中に聴いていたリスニングのCDが気晴らしとなっていました。

テレビで放送されていた洋画のドラマや映画を英語音声に切り替え、気分だけはアメリカ人。

(会話の内容は、全く理解できていませんでした、、、^^;)

当時、まだVHSが主流だったレンタルビデオ屋さんには所狭しと洋画が並び、私にとっては

”夢の国”

と言っても過言ではないほど週末にビデオ屋さんを訪れることが楽しみでした。

そんな生活が1年ほど続き、ぶつかった最初の壁は英語を”話す”ということだったのです。

英語を耳で聞いたり教科書を見ながら勉強することは1人でできたとしても、英語を話すとなれば全く別問題なのです。

そんな時、本屋さんで営業していた英会話学校の案内に惹かれ、思い切って英会話学校に通い始めることにしたのです。

優しいネイティブスピーカーの先生の授業は

『もっと

話したい〜!』

と思えるほど楽しかったのですが、

(Back to the futureのマーティを演じたマイケル・j・フォックスのような先生でした〜♪)

先生と会話ができるのは1週間1度1時間が限界。

”6年間の義務教育はだったの??!”

と、言わざるを得ない日本の教育事情ではどうしても拭うことができなかった

英語を話す

”恐怖感”

は、少しばかり取り除くことはできたものの、ハワイに移住するには永住権の抽選に当選しない限り、ハワイで就職するしかないと考えていた私は、

(永住権の抽選は毎年行われており、当選者にはアメリカ永住権が与えられるという年末ジャンボ宝くじの夢のようなシステムです ^^)

(こんな英語力ではダメなぁ〜〜)

と言う結論に至りそして、最終的には

”留学”

の道を選ぶこととなったのです。

日本人の留学生がいっぱい!ハワイの留学事情 〜変ってる日本人〜

私が留学先を探していたのは2004年頃のお話しになるのですが、その頃はちょうどインターネットが家庭に普及し始めた頃で、不慣れなパソコンを使って語学学校を検索しました。

※2001年にNTTの『フレッツADSL』や『Yahoo!BB』などのADSL事業が始まったことで、利用可能地域が拡大したことから急速にインターネットが普及したそうです。懐かしすぎて・・・涙(T ^ T))

もちろん留学先はハワイ。

アメリカで勉強するには

”学生ビザ”

(週に18時間以上アメリカの学校に通う際には、学生ビザが必要となります。)

が必要になるということで、留学先の学校への問い合わせから学生ビザの申請まで、全て自分で手続きを済ませてしまうほど夢に向かって真っしぐらだったのです。

(留学斡旋会社にお願いした方が現地の情報を得る事ができて安心だと後から気づきました ^^;

そして、私の人生を変えてしまったあのハワイ旅行から6年半

『ハワイ移住

の夢は、留学という形で一歩前進することとなったのです。

留学に向かって歩き始めた未来図は着々と具現化されていき、そして不慣れなパソコンを使ってハワイの語学学校を必死に検索した日々から1年後、、、

私は、夢にまでみたハワイの地で語学学校の初日を迎えていました。

初めて入った教室の中は、会社の会議室のように机と椅子が並んであるだけでしたが、そこにはフランス・中国・韓国・台湾・そして日本人と各国から集まった20名ほどの留学生。

誰一人知り合いのいない教室の中、転校生かのように緊張した面持ちで空いている席に座りました。


 

ドキドキを隠せない私でしたが、留学する前に一つだけ”心に決めていたこと”があったのです。

それは、、、

日本人とは

”距離置く”

ということだったのですが、それはどういうことかというと、英語を習得するまでは学校で、

日本語を

封印する

ということでした。

それは、留学先をハワイに選んだ私が胸に抱いていたわずかばかりの罪悪感を打ち消す決意だったのです。

その罪悪感はどこからやってきたのかと言うと、日本人が多いハワイは、

留学先には
”向いていない”

ちまたで噂されていたことを100%無視し、”ハワイに住む”という使命を勝手に背負って生きていた私のほんの小さな抵抗だったのです (^^;;

そんな中、台湾からの留学生でとっても優しいジェシカと出会い、自然と行動を共にするようになりました。

ジェシカは、お姉ちゃんと妹そしてお姉ちゃんの彼も一緒に4人でハワイ留学し、いつも4人で行動を共にするほどの仲良しファミリーだったのですが、その仲間に私も入れて頂いていたのです ^^

そして、ある日ジェシカに言われた一言は、、、

『リリコは、
わってるね〜〜〜
日本人は、
”日本人同士”

行動する人が多いのに〜(笑)』

もちろん皆んながそういう訳ではないのですが、そう思ってしまうほど休み時間には同じ国の仲間で集まり、母国語を話してしまう傾向が日本人に限らず学校全体にあったのです。

(”母国語禁止令”が出されている語学学校もあると聞きましたが、日本人同士で英語を話すってどうも話し辛く未だに苦手です・・・(^^;;)

日本人とは

話さない
オーラ

ギンギンに発していた私でしたが、留学から2ヶ月ほど経った頃、私の意思を試すかのように神様のイラズラな事件は起こったのです。


 

それは、新しいクラスに参加した時のこと。

そのクラスは取り分け日本人が多く、3分の1が日本人というまさかの環境。

戸惑いを隠せない私をよそに、屈託のない笑顔の日本人女性が溢れんばかりの好奇心と共に私に話しかけてきたのです。

(サーフィン情報を教えてくれる人を探していたようで、日焼けした私を見て声をかけたそうです ^^;)

それは、地元の同級生に数年ぶりに再会し、一瞬で”あの頃”に戻ってしまうようなそんな人懐っこさ。

そんな屈託のない笑顔に、

”日本語は話さない”

と、ピンと張り詰めていた私の心の糸は、

”プッ”

と、一瞬にして切れてしまったのです。

そしてその彼女は、国境を超えても変わることのない生涯大切な私の友人の1人となったのです。

留学先は、2年制の大学が人気?!最強の現地情報

童心に戻ってしまえるような友にハワイで出会ってしまい、さらには、

『私たち、
前世兄弟

だったよね、、、?!』

そう言わざるをえないような、まるで空気のように居心地の良い弟くんのような存在まで仲間に加わり、まさに

サザエさん

ファミリー

のように絶妙にバランスの取れた心地の良い環境が、私の意に反しつつもあっという間に整ってしまったのです。

お金はなくとも海があれば、ワイワイと賑わえてしまうハワイ。

勉強の合間をみてはみんなで海に行ったりバーベキューをしたりと想定外に楽し過ぎる学生生活が始まってしまい、ハワイは留学には向かないという前評判は聞いてはいたものの、

(意思が
強ければ
大丈夫〜〜♪♪)

と、甘く構えていた私でしたが、人体実験のごとく身を持ってその根拠を立証してしまったわけなのでした。

皆さん、誘惑って
”危険”
ですね ( ̄▽ ̄;)

誘惑に押され気味ではあったものの学校の勉強はとにかく真面目に取り組み、私がブチ当たっていた

英語の壁

は発音のクラスでようやく解消されることとなったのです。

例えば、、、

LとRの発音の違いを理解し徹底的に練習することで会話のレベルが上がり、そして、発音の違いが分かるとリスニングも相乗効果でアップとまさに私が求めていた授業だったのですが、

(舌が筋肉痛
なってしまうのでは、、、?!)

と、思わずにはいられないほど前代未聞の経験をさせて頂きました ^^

(優しい面持ちの割に愛のスパルタ指導をしてくれた、おじいちゃん先生のおかげです〜♪)

留学当初は日本人とは話さないと心に決めていた私ではありましたが、現地での情報交換も時には大切なもので、地元の学生が通う

“コミュニティカレッジ”

に通う方が学費を安く抑ることがき、その為、学校を変更する留学生が多いという情報を耳にしたのです。

そして、その流れに便乗して私も学校を変えることにしました。

コミュニティカレッジとは、もともとは、地域住民のための”望めば誰もが学べる”というポリシーで掲げられた、公立の2年制大学です。学費も入学難易度も低いため、コミュニティカレッジを卒業してから4年制大学の3年生に移動する学生が多いようです。年齢に関係なく学びたい人が学べる環境を、と言うのはとても素晴らしいですよね ^^

地元の学生さんたちと一緒に一般教養科目を主に勉強したのですが、授業についていくことに精一杯だった私は、赤点さえ取らないようにという思いで授業に臨んでいたのです。

(授業は、エッセイのクラスや、スピーチ、数学、ハワイアンのクラスもありました ^^)

ですが、そこで知り合った留学生たちは当然のように優秀な成績を納めていたのです。

英会話上達の心得・リリコ3ヶ条

ここでも第3話で登場した”イメージ持つこと”で夢を叶えていった

『リリコの法則』

のお話しがちょっと作用してくるのですが、

地元の学生の中で、
”良い成績”

を取るなんて、、、

『ムリ!!!』

そう最初から決め付けていた私は、お恥ずかしいながら、赤点を取らなかったことだけに大満足していました。

でも、

留学生でも

”良い成績”取れる♪

と、思考が変わった時点で私の成績はぐんと上がったのです。

自分でも驚いたのですが、

『できる』

というイメージが定まった時点で、勉強する姿勢が自然と変わったことを今でも覚えています。

もちろんこの時も『引き寄せの法則』なんて知りませんでしたから、無意識で行っていた

リリコの法則

第2弾

だったのです ^^

地元の学生が多かったもののコミュニティカレッジも日本人留学生が多いということには変わらず

(クラスにもよりますが、クラスの1割は日本人留学生だったと思います。)

(分からないことは、
あとから

日本語で聞こう〜♪)

と、心のどこかに安心感が生まれ、その

”安心感”

こそが、英語学習の妨げになっていたと思います。

(サバンナで暮らす動物たちと、狩をする必要がなくなってしまった動物園の動物たちとの違い的な感覚です^^;)

実は、私が1番英語が上達したと自分なりに実感できたのは、結婚後に働いたレストランだったのですが、

その空間には日本語を話す人が全くおらず、しかもロコガールズたちのお喋りに囲まれての時間。

(仕事の合間とはいえ、ロコガールたちのお喋りはエンドレス状態でした^^;)

そして、日本人のお客様も少なかったのでとにかく英語を聞く、喋るでやっぱり、”人間窮地に追い込まれてようやく底力が生まれてくるもの”だと改めて実感したのです。

そして、もう1つ英語がとっても早く上達する人に共通していると思ったことは、

・発音を気にしない
・文法も気にしない
・相手の反応を気にしない
”喋ったもの勝ち”
的な感じで

英語を喋る人

なのですが、違う表現をするならばとにかく

”おしゃべり”

が大好きな人

相手がアメリカ人だろうと自分の英語力は気にせず、とにかく楽しそうに話すその姿勢は聞き手にもしっかりその波動が伝わるようで、

『どうして
この”英語力”

   会話が成り立ってしまうのか、、、?』

と、頭の中で英文を組み立ててからしか会話ができなかった私には、目の前で繰り広げられるやり取りが不思議でしょうがなかったのですが、

間違えを恐れない

”度胸”

は、英語を喋る上でとても重要なようです。

(知り合いのおじいちゃんは、アメリカの方にも堂々と日本語で話しかけていましたが、いつも相手を笑顔にしちゃっていました ^^)

さらにもう1つ気づいたことは、ハワイは歴史上移民が多くお父さんもお母さんも日本人。

でも、
”日本語は話せない”

という日系2世や3世の方も多いのですが、アメリカで育ったとは言え100%日本の血が流れていて私と同じ日本人のはずなのに、

どうも

”何かが違う、、、”

それは、英語を話す時にはとにかく顔の筋肉を動かすので、

言語によって
”顔付き”

が変わってしまう

ということも影響していると思うのですが、さらには、表情が豊かでジェスチャーもアメリカンとなると、

(育った環境って

 偉大だな〜)

とつくづく実感しました ^^

日本語って、顔の筋肉を最小限に動かすだけでも喋れちゃうので私にはそれが心地よいのですが、英語を喋る時には少なからず日本語よりも顔の筋肉を動かす必要があるのです。

ということで英語上達の鍵は

筋トレ”

にあり??!

リリコの”顔”筋トレメニュー:
口を閉じた状態から、この写真の口元へ X 10回

(交通機関の中で行うと、ただただ、怪しい人になっちゃうのでご自宅で行ってくださいネw)

それでは、私の失敗談も含めた英語上達の心得のまとめです♪

〜英語上達の心得リリコ3ヶ条〜
1.できるだけ日本語が喋れない環境に身を置く
 (留学先がハワイでも英語上達は自分次第!)
2.英語を喋るには、相手に”これを伝えたい”という情熱が大切。
(情熱が、下手な発音や文法をカバーしてくれる。
 英語上達にはとにかく下手でも喋ること!)
3.顔の筋トレ♪
(結構、お顔が疲れます^^;)

おまけ:顔筋トレ上級編♪(笑)

短大卒業後は1年間の職業体験・気分はすっかりロコガール♪

ハワイ留学後に現地情報を収集しながら2年制の短大へと辿りついた私ですが、2年制大学の留学がオススメなもう一つの理由は、それは、大学卒業後にアメリカで1年間の職業体験が認められるという点です。

(※通常、留学生が働くことは許可されていないのです。)

この間は実際にお給料をもらいながらハワイで暮らすことができ、

外国働く

という経験は、一生涯の中でかけがえのない体験になることだと私は思います^^


 

ここで改めて私が英語と向き合ってきた過程を振り返ってみると、日本での義務教育中には自主的に沸き上がってこなかった

『勉強したい』

という思いが大人になって一変し、そしてその

”思考の変化”

は古びた中学時代の教科書をまるでキラキラ輝く宝物へと蘇らせてしまうほどのパワーを秘めていたことに気づいたのです。

さらに、ハワイの地元学生と一緒に勉強するなんて”無理”と最初から諦めていた思考は、

私にも

できる

そう思い込むことで自分の行動が自然と変わり、さらにその

行動変化

は成績という形で確実に反映されたのです。

そして、思考の変化が、私の行動を大きく変化させてきたということを英語学習を通して実体験してきたのですが、さらに、

間違いを恐れない

”度胸”

が備わっていることが、必要不可欠だと私は思います。

例え間違えたとしても

『イメージ』

さえ定まっていれば、新たな一歩は何度でも踏み出すことが出来るので、イメージと行動、そして経験を積み重ねながら、一歩一歩、夢を現実へと近づけていくことができたのだと思います。

あなたも騙されたと思って、

『夢は必ず叶う』

そう、3日間だけでも自分自身に言い聞かせてみて下さい^^

そして、今できることをとにかく何か少しでも

行動

に移してみて下さい。

(インターネットで検索する、夢を100回書く、本屋さんで調べるなど、、、小さなことで大丈夫です^ ^)

大切なことは、

あなたが夢に向かって

”何かを始めること
できた”

ということで、それはすでにあなたの夢への第1歩になると私は思います。

そして、その1歩がまた次の1歩へと繋がり、時には道を間違えたとしてもゴールへ辿りつくまで歩き続けることさえできれば、あなたの夢も必ず叶う日がくるのだと私は信じています。

(道を間違えて落ち込むこともあるかも知れませんが、失敗談も大切な経験です!時には遠回りしてみることも必要だと思います^^)

現に私は、学生生活が終盤に近づいてもハワイ移住へのゴールがまだ見えなかった頃、ふと忘れ物を取りに戻った教室で

予期せぬ言葉

を耳にし、そして思いがけない形で夢が加速していくという体験をしたのです。

 (つづく)

次回のお話♪

次回は、何のあても根拠もなく
『ハワイ移住』
することを先に決めてしまった私が、

ハワイに住む方法を模索し、そして
『永住権抽選プログラム』という、
夢のようなシステムに出会う。

アメリカ移住を夢みる人にとって
”年末ジャンボ宝くじ”
のような素敵な
抽選システムとは?!

【第3話】前へ目次次へ【第5話】

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